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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    環境。

    秋の木漏れ日 撮影 松田光司

    環境が変われば、出来なかった事が色々と出来るようになる、という事は確かにある事だと思う。
    かといって、出来ない事を環境のせいにするのはどうなのであろうかと思う。


    さて、何かをやろうとして、環境が整っていない場合、どういう対処方法を取るか?
    ここでは「とりあえずあきらめる」という話をしてもしょうがないので、そうではない話をしてみたいと思う。

    私の考えるパターンは大きく分けて二つ。

    一つ目として、やりやすくするためにまず障害をすべて取り除いてから始めてやろう、というパターン。

    もう一つは、障害のある中、その中でもやれる事から始めて、障害に関係なくやり進めてしまうパターン。

    要するに『環境を先に変えてしまうか、後からゆっくり変えてゆくか。』の違いなのだが、どちらがいいという話ではなく、それぞれに正しいやり方だと思っている。

    ・・・で、私の場合どちらかというと後者のパターンで乗り越えて行く事が多い。

    確かにやりづらい環境の中、物事を進めていくのは大変なのだが、面白い事に信念を持ってやっていると、それに合わせるように徐々に環境の方が勝手に変わっていってくれるのである。

    ある見方からすると、環境が変わるまで待つなどというのは受け身のように感じなくもないが、「やりたい事はどんな環境であろうがやり抜く。」という姿勢は、妙な迫力と説得力があったりして、まわりが動かざるを得なくて動いたりする事もあるのだ。

    「あれを整えたら、始めよう。」とか「これを解決してから、動こう。」・・・というのがいつの間にか「あれが整わないから、始められない。」とか「これが解決しないから、動けない。」・・・となってしまうくらいなら、「まず、やれる事から始めてしまおう。」というのが私の発想である。

    でも、思うにどちらの方法を用いるにしても、結局、本人の思いがどのくらい強いのか、という事が一番重要になってくるだ。

    もし出来ない事を環境のせいだけにしている場合、それが自分にとって本当にやりたい事なのかどうか、自問自答しなおしてみる必要があるかもしれない、・・・と私は思う。
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    1. 2010/10/22(金) 21:42:43|
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