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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    「クラスで絵が上手い人」 というだけでは・・・。

    浪人時代の石膏デッサン 撮影 松田光司浪人時代に数え切れないほど描いた石膏デッサンのうちの1枚

    何度か美術の事に関しての過去の話をしてきているが、美術系予備校に通い出した頃の話をひとつ。


    確か高2の冬ごろであったと思うが、体験コースのようなもので初めて美術系予備校に顔を出した訳である。

    その時は、初心者ばかりで、まわりで描かれるデッサンもそれほど大したデッサンもなく、こんなもんか、と思いながらデッサンを描いていたのである。

    ・・・で、何回通ったかはもう忘れてしまったが、その後、5月1日のブログでふれた教官室での話になる訳である。

    そして高3になり、いよいよ彫刻コースに入ると、途端に体験コースとはわけが違うのだという事に気付かされる。

    ・・・・恐ろしくみんな上手いのである。

    『何なんだ、この連中は?何でこんなに上手く描けるんだ。本当に同じ高校3年生か?』と思ったほどである。

    自分も小、中、高と絵が上手いと言われ続け、それなりに自信はあったのだが、・・・・「クラスで絵が上手い人」というレベルではとても太刀打ちできない世界だと知った訳である。

    前にも書いたとおり、私は元々体育会系の男である。
    周りの超上手い連中に「クスッ」と笑われながら描くデッサンは苦痛以外の何物でもなかった。

    明らかに自分は浮いているなぁ、と思いつつ彫刻コースに通った訳である。

    こんな状況にあるだけではなく、さらにマイナス要因がもう一つ。
    それは中学、高校とすべてのエネルギーを注ぎ尽くしたバスケット部の引退の影響。

    正直、17,18くらいの私では精神的に幼すぎて、気持ちの切り替えが全く出来ていなかったのである。

    普通、もっとも充実させなければいけない高校3年生のこの時期に、気持ちはフラフラとしたまま1年を過ごしてしまったのである。

    結果、デッサンもそこそこしか上達しないし、予想通り美大受験は全滅。 1浪が決定した訳である。

    そこでやっと目が覚める訳なのだが、1浪の初めの頃には「クラスで絵が上手い人」をようやく卒業し、「絵が超上手い人」という風に、一般の高校生からは見られるような状態になっていたのであろうと思われる。

    それにしても、45年振り返った中でも、高校3年の時の自分というのは最もいい加減な奴だったなぁと思う。

    『あんなひどい精神状態の1年があったからこそ今の自分があるのだ。』・・・・・というかっこいい締めでは終われないくらいひどかったなぁ・・・ホント。

    多分、今の自分が高3の自分に会えたら、間違いなく怒鳴りつけているだろうと思う。・・・でもきっと全く聞く耳を持たないだろうなぁ・・・あの頃の私は。
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    1. 2010/10/17(日) 09:00:00|
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