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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    彫刻家の立場はジョーカー?

    トランプ 撮影 松田光司

    最近は年齢のせいか、それほどひどい扱いを受ける事も少なくなってきたが、・・・でもやはり彫刻家って?


    つくり手の立場というのは、世の中におけるポジション取りにおいて、何だか微妙な位置にいるように感じる。

    ある時は、会社や組織などのトップと同席し、談笑。
    またある時は、席も与えられず、ひと言も発することなく、その場を後にする。

    トランプで例えるならば、間違いなくジョーカーのような存在ではないだろうか。
    あるゲームの中では無敵なカードだが、別なゲームでは最弱どころか、最初から外されていたりもする。
    しかも基本的な前提として、トランプカードなのに数字すらなく、絵だけで表現されているという極めて異質な存在である。

    何だか、ジョーカーの立場に共感を覚える自分がいるが、他の作家でも共感してくれる人が多分少なからずいるはずである。

    例えば次のような事を同時期に体験している。

    彫刻の宣伝のため、ある画商さんとある地方の役所に出かけた。
    ・・・で、とある担当部署を訪ねると、「今、忙しいので・・・。」の一言でとりつく島もなく、その場を去る事に。
    その数日後、その画商さんと一緒に、とある県庁に行き、駄目もとで知事さんに面会を求めると、たまたま時間が空いたのでOKとの事。30分ほど知事さんと談笑してきたのである。

    この二つの出来事を簡単にまとめると、『芸術家だから、相手にしなくていいや』、というものと、『芸術家だから、会っておこう』、といったもの。

    考えてみると、ジョーカーはゲームによっては、どんな数にも成る事が出来るというルールもあったんだっけなぁ?


    とはいえ、私(彫刻家)自身がジョーカーのように環境に応じて数字をコロコロ変えている訳ではない。

    ・・・という事は私(彫刻家)の数字を勝手に変えているのはその時その時の環境なのだなぁ・・とあらためて思う。

    まあ我々のようにポジションがはっきりしない連中というのも、面倒な存在かもしれないが、世の中にとって必要であるからこそ、消え去ってはいないのであろう。

    とりあえず、このポジションを楽しむ事にしよう、・・・と思う自分がいる。
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    1. 2010/10/06(水) 11:00:13|
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