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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    教える人の影響。

    粘土 菊練り 撮影 松田光司

    親しくしている陶芸家の人と話をしていて、「なるほど確かに。」と思った事がある。


    その人は大学で陶芸を教えているのだが、一般的な技法プラス、やはり自分独自の方法というものを、陶芸を専攻する学生に教えていたらしい。

    私は彫刻が専門なので、それにどういう違いがあり、どれが一般的でどれが独自なのか分からないが、自分に置き換えた時、それは確かにある事だろうと想像はついた。

    そこで何が面白いかと言うと、他の陶芸家は全くやらない本当に自分独自の技法を、この陶芸室で制作している学生全員が何の疑問を持つ事もなく、普通にやっているという事実。

    要するに学生本人を見なくても、作品を見ただけで、自分が教えたと言う事が分かるらしいのだ。

    学生というのはある意味先入観のない真っ白な状態で大学に来るので、本当に教える人のやり方や考え方の影響を見事に受けるのである。

    それを踏まえた話であるが、
    先日、モデルに来た結実子さんが、面白い事を言っていた。

    「実は学生の頃、陶芸サークルに入ろうとした事があったんですけど、1日で逃げ出して来てしまったんですよ。」との事。
    「何故?」と尋ねると、答えは私からすると笑えるものであった。
    「菊練り(粘土を練る技法)を習得して、それが出来るようにならなければ陶芸をやる資格はないって言われてしまったんですよ。それで、必死でやったんですけど、まったく出来なくて、しっぽをまいて逃げてきたんです。」

    なるほど、確かに正論であるし、間違ってはいない。・・・・・しかし、それだけが唯一の道ではない。

    プロの陶芸家になりたいのなら、当たり前の話だが、普通大学のサークルである。
    そこまでしなくてもと思うのだが、やはり一番初めに教えてくれた陶芸家の人がよほどきっちり厳しく指導して下さったのであろう。

    結実子さん曰く、そういう陶芸家の人はすでにいなくて、先輩が教えていたらしいのだが、確実に「菊練りは当然」という伝統は守られていたという事であろう。

    ・・で、結実子さんは「菊練り習得なしに陶芸は出来ず」とそれ以来、信じ込んでいたらしい。

    という訳なので、私が「素人の人が粘土を練る方法論は『菊練り』以外にいくらでもあるし、粘土を練る専用の機械だってあるんですよ。」と伝えると「えーっ!?」とかなりショックを受けていた。

    私も自分の受け持つ授業では、やはり「こうあるべし。」みたいな事はよく言ってしまうので、色々なやり方があるという情報だけでも伝える事は重要だなぁとあらためて思うものである。
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    1. 2010/09/26(日) 16:11:43|
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