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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    こんな方法でも客観視が・・・。

    妖精卵―火(石膏取り途中) 撮影 松田光司「 妖精卵―火 」 (石膏取り途中)

    今まで、さんざんこのブログで、制作する上において「客観視」する事はものすごく重要であると書いてきたが、忘れかけていた「客観視」の、とある方法をつい最近久しぶりに経験したので書いておきたい。


    とりあえず、過去語ってきた作品の客観視の方法とは「写真に撮る、逆さにする、鏡に写す、離れる、時間をおく、光の当て方を変える、・・・」等々、色々とあった訳である。

    そして今日はさらにもう一つ、(あまり一般的な参考にはならないかもしれないが、)ちょっと紹介してみたい。

    その内容とは、簡単に言ってしまえば何の事はない 「ただ人に見てもらう」 というだけの事。

    では何故それが客観視へとつながるのか?

    私が経験した観点からであるが、いくつかポイントがある。
    ・まず、粘土段階のほぼ完成時である事。
    ・見てくれる人が、その作品に深く関係する人である事。
    ・見てもらう時、その人が作品と向かい合っている姿を見ておく事。

    この3つの条件をクリアーした時、私の中の客観視のスイッチが入るのだ。

    これを言葉で説明するのは難しいが、一番分かりやすく例えるならば、「私の視点が、その見てくれる人の視点と重なった状態になる。」とでもいおうか。

    この時、見てくれる人は感想なり、意見なり言ってくれる訳なのだが、実はその人が言葉を発する前に自分の中に答えが出ているのである。(全く違う答えである場合もあるし、似たような答えの場合もある。)

    要するに、人に見てもらう行為というのは、自分の中にすでにある答えを引き出す、きっかけを作っているにすぎないのだ。

    ・・・で、その人が帰った瞬間に、作品に対し、もう手が勝手に動き出してしまうような状態になるのである。

    本当に「客観視」の方法は色々あるものだなぁと思うとともに、やはり「客観視」はとても重要であるとあらためて思うものである。
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    1. 2010/09/11(土) 16:04:08|
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