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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    裸婦像から着衣像、そして布表現へ。

    「妖精卵―火」 粘土制作途中 松田光司作
    「 妖精卵―火 」 粘土制作途中

    今でこそ、私の彫刻にとって布表現は欠かせないものとなっているが、当然私にも布表現の初心者状態があった訳である。


    それは「1枚の布シリーズ」が始まるもっと以前の話。

    学生の頃というのは一番勉強になるという事もあり、裸婦像ばかりを制作していたのである。
    当然、着衣の彫刻など全くつくった事はなかったのであった。

    しかし、いざ大学を出てみるとどうであろうか?

    裸婦モデルを当たり前に毎日頼めるような環境はなく、また裸婦像をつくってくれ、などという依頼もない訳である。
    確かに裸婦モデルを頼める友達も何人かいたが、そうしょっちゅうは頼めるものでもない。

    ・・・で実際、彫刻家としての活動が始まってみると、ほとんどのニーズが着衣の像であった訳である。

    彫刻の基礎的な事は徹底的にたたき込まれているのだが、着衣はやはり未知の世界、・・・布を観察する事から始まったのだ。

    この時、着衣像に対し、一つだけ気をつけようと思っている事があった。
    それは布が肌にピッタリと張り付いて、頭から水をかぶったような表現にはならないようにしようという事。

    彫刻家というのはどうしても人体の構造やら、骨格やらを大事にしすぎる傾向があるため、裸婦像に布のしわだけを張り付けたような表現の彫刻をよく見かけていたのだ。作品としてそういうコンセプトがあるなら別だが、普通の服なのにその表現ではおかしくしか見えなかった。

    さて、実際自分が着衣の像をつくってみて、どうであったかと言えば?
    それなりには出来たのだが、・・・やはり説明的な感じであった。

    この問題を解決するのは単純に「よく観察する事」と「数をこなす事」以外に方法はなかった。
    この繰り返しの中、やがて布というものが分かるようになっていったのである。

    今は着衣像というより「布表現の彫刻」という世界に入っていっているが、布部分の9割ぐらいが創作である。
    本当の布の形をそのままつくっていてはイメージしたものにならないのだ。

    当然だが布表現もまだまだ極めた訳ではなく、色々な可能性を秘めた存在であると思っている。
    布表現の今後の展開を一番楽しみにしているのは私自身なのかもしれない。
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    1. 2010/09/09(木) 10:06:11|
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