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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    楽しむ事が出来る人。

    木漏れ日 撮影 松田光司

    人はどんなに同じ事をやっていても、ある人はその事に対し、楽しくてしょうがないと思い、ある人はつらくてしょうがないと思ったりする。


    ここで何が言いたいかというと、やはり何をやっていても楽しむ事の出来る人の方が、「得である」という事。

    何かをやろうとする時、楽しめる術を知っていて、なおかつ本当に楽しめてしまうというのは、ある意味、才能なのではないかと思うのだ。

    当然、不得意の分野は誰にでもあり、もし万が一その分野の事をやらされる羽目になったら、たまったもんじゃない、という思いもある。

    しかしそれに対し、「出来る、出来ない」の一つだけの価値観で考えない方が良いのではないかと思う。

    例えば、過去のいろいろな出来事を思い出す時、必死でやった出来事というのは、その時は大変だと思っても、振り返ればだいたい充実したいい思い出となっているはずである。

    そう考えれば「楽しんでやろう。」というレベルに達するには、まずその事に対し、必死になる事である。
    全く出来なくてもいいし、とりあえずは楽しもうという事も考えなくていいから、必死になる事である。

    「必死になる事」=「無我夢中」、つまり無我夢中の時というのは、だいたいそれを楽しんでいる状態であるのだ。

    とはいえ、「必死になれない」と言われてしまえばそれまでなので、その場合はとりあえず、自分がつまらないと思ってやっている事を、楽しそうにやっている人を見る事。
    そういう人を見ているだけでも、案外と楽しくなるものであるし、結構パワーももらえたりするものである。

    まあ、自分自身もこういった事、すべて実行出来ているかと言えば、そうでもなかったりするのだが、何かやる時に「楽しめた方がいいに決まっている。」と分かっているだけでも、だいぶ人生も違ったものになるような気がする。
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    1. 2010/09/01(水) 11:12:51|
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