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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    あるひとつの評価基準。

    岩手県 猊鼻渓  撮影 松田光司 

    ある新人作家により、ある作品が発表されたとする。
    そしてそれは、いいんだか悪いんだか、インパクトはあるけどまだ荒削りな作品であったとする。
    ・・・で、その時の評価は賛否両論分かれ、定まらなかったりする訳である。


    さて、では評価はどのように定まっていくのであろうか?

    当然あるひとつのふるい落としの基準として時間の経過というものがある。
    要はいいものならば残っていくだろうという考えである。

    しかし、やはりそれだけではない。
    その作家がそのインパクトのある作品発表後、どんな物を発表し続けるか?という事がとても重要になってくるのだ。

    言い方は良くないが、一点、二点ならば、まぐれという事もある。

    例えば今現在、大家、巨匠と呼ばれている人たちも初期の発表作で、インパクトのある作品をつくっている場合が多いはずである。
    当然同じ時代にものすごくインパクトのある作品をつくった無名作家がいっぱいいたはずである。

    同じ時代に同じレベルのインパクトのある作品をつくったとしても、かたや大家、巨匠となり、かたや全く消え去っているのである。

    ある意味その作家のエネルギー量と関係しているのかもしれないが、結果として大家、巨匠と呼ばれているような人というのは、その時々に評価されているかどうか関係なく、延々とパワー溢れる作品をその後も出し続けているのである。

    当然ひとりの作家の中で駄作も傑作も入り混じる訳であるが、それだけパワーを出し続けていれば、必然と傑作と呼ばれる作品の割合も多くなるのであろうと考える。・・・結果、評価は定まっていく事になるのだ。

    まあ評価の基準というのは他にもいろいろとあるのだが、とりあえず、あるひとつの基準の紹介をしてみました。
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    1. 2010/08/30(月) 14:21:00|
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