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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    小さな作品。

    和   松田光司作
    「 和 」 h28×11×8㎝ ブロンズ 1990年 松田光司作

    基本的に個展活動中心に動いているため、作品は小品をつくる事が多い。


    当然、小さいのばっかりつくっているのはどうよ?という声はよく聞く。
    確かにそうだと思うので、定期的に大きい作品もつくったりはする。

    しかし、小品が小さいからスケール感がないかと言えば、そうとも言えないところがあるように感じる。

    へりくつになってしまうかもしれないが、例えば顕微鏡で観るようなミクロの世界、・・・・ある意味、無限の広がりを感じないか?
     
    それと同じように、と言うと強引かもしれないが、私は彫刻の小品をつくっている時にも、大きなスケール感を感じながら制作しているのである。

    見た目は小さいかもしれないが、制作している時というのは、自分の意識をその形の奥まで入り込ませるような感覚があるのだ。
    すると、小さいはずの作品が私の眼前では等身大くらいの大きな作品のようなスケールで存在してくれるようになるのである。

    単純に肉体的な作業の部分だけ考えると確かに、大きい作品と比べて労働的に楽な部分もあったりする。
    しかし、その作品に対するエネルギーの注ぎ方でいえば、相当な量のエネルギーを注ぎ込んでいるのである。

    小さい分だけ、少しのエネルギーで済むなどという事は絶対にないのだ。

    ちなみに今回の上の写真「 和 」はギャラリーシエールでの初個展の時、DMに使用したものである。
    大きさは高さ28cmと小品なのだが、来て下さったお客さんのかなりの方が「あのDMの作品は展示してないのですか?」と聞いてきたのである。
    ・・で、「この作品ですよ。」とみせると、「こんなに小さかったんですか!てっきりもっと大きいものかと、・・・」と、仰天顔。

    大切なのは、実際の寸法ではないという事なのだ。大きい作品でも小さくみえる場合もあれば、小さくとも大きくみえる場合もある。
    要はその作品からどのくらいエネルギーを感じ取れるか、という事が重要なのだと思う。

    今日は小品について語ったので、またいつか大きい作品をつくる場合の自分の意識についても語ってみたい。
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    1. 2010/08/25(水) 11:14:21|
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