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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    ― 幼き頃の記憶より ―

    雨の厳美渓 撮影 松田光司

    私が物心つく頃・・・それは「さびしい」という概念を知るかどうかの2~3歳くらいの事であろうか?


    父と母そして兄の三人にかこまれた生活をしていたにもかかわらず、「ひとりぼっちでさびしい。」という感覚を持っていた。
    別に決してひとりぼっちにされた事など一度もないのにである。その不思議な感覚は数年続いたように記憶している。

    その時は何故だか分からなかったが、今なら何となくこうではないかと思う事がある。

    私の天命は彫刻をつくるという事、私が生きたという証はそれ以外にあり得ない。
    そう考えた時、彫刻家になろうとしてから出会った先生や友達、そして妻、モデルをやってくれた人たち、彫刻を売ろうとしてくれる人たち、買おうとしてくれる人たち、そういった人たちと私は誰とも、幼き時、出会っていないのである。

    私という人間を形成していくのに必要な人たちにはいっぱい出会っているのだが、私の天命にかかわる人たちが、全くまわりにいない状態で、その幼き時を過ごしたのである。

    自分が出会うべく人に出会えるであろうかという不安、そしてそれ以上に自分がやらなければならない使命を果たす事が出来るであろうかという不安・・・・すべて含めて何だか「ひとりぼっちでさびしい。」という感覚を抱いた原因となったのではないだろうか?


    今は当然「さびしい」という感覚はないのだが、それでもまだまだ出会うべき人の1~2割くらいしか出会っていないような気がしてならない。

    とにかく自分がより一層「松田光司」になっていかなければ、出会うべき人たちのアンテナにも引っ掛からないのであろうと思う。
    今はただ、自分の道を信じて進むのみである。
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    1. 2010/08/23(月) 11:30:07|
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