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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    美術の常識と思われている事に対する疑問?

    大理石用ヤスリ 撮影 松田光司

    美術の世界には当たり前と思われている常識や概念がいくつもあるが、果たしてどうなのであろうか?
    私見ではあるが、少しそれについて語ってみたい。



    今までもいろいろと書いてきたが、いくつか例を挙げよう・・・・。

    ・「アートの世界は自由?」・・・・とんでもない、アートは常に時代や場所によって定められた枠の中にある。その枠の中での活動をしているにすぎない。極論であるが、もし自由だと言っても、アートの名のもとに無関係な人を傷つけたり、殺したりなど絶対出来ないのは当然の約束事である。

    ・「アートは常に変革を求める?」・・・・そんな作家もいると言うだけの話。ひどい作家になれば、ただひとつの事に打ち込めず、飽きっぽい性格なだけだったりする場合もある。それを果たして、「殻を打ち破り変革し続けている」と言っていいのだろうか?いつも言うように作家も100人いれば100通りである。

    ・「アートのジャンルによる上下関係?」・・・・そんなものはない。例えば総合芸術と呼ばれるジャンルだと彫刻や絵画、デザイン全てを含んでいるから優位なポジション?みたいに錯覚している人もいるようだが、まったく見当はずれである。どのジャンルであろうと、いい作品もあれば、良くない作品もある。

    ・「もう具象は卒業したから抽象?」・・・・その作家にとってやる事が無くなったというだけの事。もしこの言い方をして言いのならば 「もう抽象は卒業したから具象。」 という作家も山ほどいる。そこに上下関係など一切なく、抽象が上などと思っている人はその程度の認識で作品をつくっているというだけの事なのだ。

    ・「アーティストの特殊性(カリスマ性)って?」・・・・つい最近言われ出したという程度の話である。何だか一般の人は不可侵の領域みたいに思われているが、ほんの100年ちょっと前まで、お抱え宮廷画家と呼ばれたり、仏師と呼ばれたりなど、普通にお金をもらって制作しているのである。また過去の人類の遺産と呼ばれるような最高傑作のほとんどは依頼仕事によって描かれたり、つくられたりしたものである。そんな過去のすごいつくり手と比べて、ちょっと自由を与えられただけの今の作家の方が意識の高い事をやっているなどと考えるのは如何なものかと思う。

    ・「新しいものがいい?」・・・・そういう価値観で創作している作家もいると言うだけの話。「新しいもの」と言う価値観だけを主眼に置いた時、それは発表した瞬間に「古いもの」となってしまう宿命にあるものなのだ。要するに「新しい、古い」などというのは二次的要素であって、「新しい」からいいという訳ではなく、やはり「いい作品」である場合のみ残っていくのである。


    上に挙げたのはほんの一例にすぎないが、まだまだ他にも違和感のある美術界の常識はいっぱいあるのだ。
    いずれまた、機会をみて書いてみたいと思う。
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    1. 2010/08/12(木) 09:45:43|
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