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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    10年モデル。

    「奏人08」と「奏人98」 松田光司作左「 奏人'08 」、右「 奏人'98 」

    今日はまた、久しぶりにエムさんに来てもらった。(6月16日7月1日参照)




    たびたび、「10年ごとに制作する肖像彫刻」の事にふれているが、今日はエムさんの場合はどうであったのか語ってみたい。

    実はエムさんの場合、同じ10年と言っても、今中や結実子さんをはじめとする他の10年モデルの人達と少し意味合いが違ってくるのである。

    何が違っているのか?・・・それはこういう事である。

    1998年に初めてモデルをお願いしてから2008年までの間、ほぼ途切れることなく毎年エムさんには、いろいろな作品のモデルをお願いし続けているのである。

    ライフワークのようにつくり続けてきたエムさんの彫刻群。その数はもうゆうに40点はこえていたであろうか。
    毎年いくつもの「エムさん作品」が生み出されていく流れの中、その内の一つとして、2008年、二つ目の肖像彫刻「奏人’08」は制作されたのである。

    正直、エムさんをみなくても制作出来るくらいであったが、それでは意味がないと思った。
    ここで新たな何かを発見できないようでは、10年何もみていなかったのと同じになるよう感じたのである。

    その結果、私の手の中ですっかりつくり慣れてしまった形を、意識的に私の中から追い出すことからその制作は始まったのである。

    さて、出てきた答えは上の写真の通り。

    「奏人’98」がエムさんを利用してつくった「彫刻」だとするならば、「奏人’08」は彫刻という概念を利用してつくった「エムさん」であるのかもしれない。

    こうしてふたつの作品を並べてみた時、私にとって確実に意味のある10年が私の眼前に現れてくれたように感じた。

    そしてエムさんはこの二つの作品を前にして、次のような事を語ってくれた。

    「こうやって見比べてみると、’98の私は何をしようとしていたのかしらと思う。本当の自分自身を見透かされそうな気がして、何かバリアーを張っているみたいにみえるわ。でも松田さんの方も何か壁があったような気がする。’08の方をみると、本当に『素の自分だぁ』と思う。こうやって目でみる事の出来る10年って何か面白い!」

    エムさんにとっても確実に意味のある10年がエムさんの眼前にも現れてくれたようである。

    さて、とりあえず今は「妖精卵―火」の制作、がんばろう。  エムさん、これからもよろしく!
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    1. 2010/07/21(水) 19:41:42|
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