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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    印象に残る手伝い。

    不退転(部分) 松田光司作「 不退転 」(部分)  大学4年の時に制作。

    6月19日のブログでアシスタントの事について書いたが、その中でも特に印象に残る「手伝い」について語りたい。




    それは私がまだ大学院生の頃であったか・・・
    私の大学の恩師である細川宗英教授のアシスタントをした時の話である。

    当時、私はすでに大学だけではなく、先生の自宅アトリエの方でもアシスタントを何回かやらせて頂いていた。
    内容は主に粘土の荒付け、・・・であったのだが、その時はいつもと違う事を頼まれてしまった。

    自宅アトリエにて細川先生がこうおっしゃられた。「松田君、倉庫にあるこの彫刻から、あの彫刻まで全部壊してくれない?」

    私:「えっ!先生壊すんですか!!なんで壊すんですか?もったいないじゃないですか!」

    細川先生:「僕もそろそろ作品を整理しようと思ってね。後世に残したくない作品はもう処分しようと思うんだ。」

    私:「・・・あの、でも・・・・。」


    くわしく話を聞くと、後世に残したくない作品(石膏直付け)を、何日か前に先生と奥さん二人で解体してみたらしいのだが、かなり大変な作業である事が分かったという事であった。

    それで十数体ある作品を二人で壊すのはとても無理だと判断し、私に頼もうという話になった訳である。

    正直、気の進む仕事ではなかったが、教授の頼みとあれば断る訳にもいかず、たんたんと作業を始めたのであった。
    一応、一体壊すごとに確認のため声を掛けるようにとの事であった。

    まあ、仕事となれば私もまだ若くパワーもあったので、効率良く、手早く仕事を進めていった訳である。

    ・・・で、「先生、○○体目の作品、解体終了しました。次はどれですか!」・・・と尋ねる訳であるが、その時の先生の寂しそうな顔、・・・一生忘れる事の出来ないような悲しい顔をされていているではないか!

    そのお顔を拝見した時、『作業の大変さだけではなく、自分の作品を自分で壊すのがつらかったのかなぁ』と心の中で思ったものである。

    今はもう先生もお亡くなりになってしまわれたが、あの先生の表情とともに、私にとって忘れる事の出来ない手伝いとなってしまった。

    ただ、私の心のすくいはその後、結果として遺作となってしまった作品の時には、目一杯、制作の方でお役に立てた事。

    彫刻のあらゆる事を、身を持って教えて下さった細川先生には言葉では表せないほどの感謝でいっぱいである。
    唯一、恩返し出来る事と言えば、私が彫刻家として活躍する事なのであろうと思う。
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    1. 2010/07/20(火) 09:00:00|
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