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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    作品をみきる?

    画人(部分)松田光司作「 画人 」(部分)

    主に格闘技などで、相手の技を「みきる」と言う事があったりするが、作品をみる時にもこれに近い感覚があるように感じる。




    「みきる」という言葉が不適切だとすれば、「この作家がこういうふうにつくるのが分かる」とでも言おうか。

    実はこの感覚と言うのは大学の4年か院の頃くらいから感じ始めていた。
    当然最初は全く分からず、すごいと言われる作品はやっぱりすごいなぁとしか感じなかった訳である。

    だが、当時の大学の環境はとても良く、常設展ならばフリーパスで西洋美術館や国立博物館などに入館する事が出来、作品も見放題だったのである。
    時代の荒波の中、消え去る事のなかった本物を見続ける事により、私のみかたにも変化が出てきたのだ。

    ちょっと余談だが「本物と偽物の見分け方とは?」と聞かれた時、一番いい方法というのは、当り前であるが、常に本物だけを見続ける事だと思う。本物さえ認識していれば、偽物を見分ける事など簡単な事なのだ。

    さて、話を元に戻すが、常にいい物を見続けた結果、今現在の作家がつくる作品に対しても、ある時、「分かる(みきる)」ようになっていったのである。
    誤解を避けるために言っておくが、この「分かる(みきる)」と言う事と、だから自分がそれをすぐに「出来る」という事とは別な話である。

    しかしこの「みきる」という見方が出来るようになるのと、自分の作品がレベルアップしていく事とはとても密接な関係があった事だけは確かである。

    考えてみれば「みる」という行為のレベルアップなしに、「つくる」という行為のレベルアップなど望めるはずもないのは当然の事である。
    ある意味、彫刻家として生きるという事は「みる」と言う行為を追及し、探求し続ける事なのかもしれない。

    その内、「人生もみきる。」などと大きな事も言ってみたいが、今の私にはまったく分かるはずもなく、ただただ、毎日制作する日々が続くのみである。
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    1. 2010/07/19(月) 13:57:00|
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